ブログの終活
31 July 2022 | 8:20 am

2011年7月にスタ-トした ボブ(私)のブログ を続け、12年目に入ります。 その年に小平市が開いた ブログ講習会 に参加し、ブログの作り方を教わり、それ以来 気ままに 雑文記事を公開してきました。 ボブのブログ には、テーマ毎の引き出しを作ってあり、ときおり 外出 など特定の引き出しを開け ますと、かって訪れた旅先があれこれと入っており、それらを見返すのは楽しい時間となっています。 また 時計 の引き出しを開けますと、時計のコレクション・時計関連記事を見ることが出来、過去に携わった 時計修理の仕事 を思い出せます。 従って、11年続けた ボブのブログ は、私が生き続けてきた足跡になっているように 思えます。 ボブは既に 後期高齢者の仲間入りをし、体力・気力の衰えを自覚し、さらにコロナ禍でいつあの世に行くか分からぬ人間となっています。 ブロガ-は死にますと、その人のブログは更新されなくなり、サーバ-にはいつまでも残ったままと なるそうです。 それはそれで仕方がない事かもしれませんが、あの世に行ってから 「 ボブのブログ に、随分と つまらない記事(恥)を残したものだ。」と、悔いないようにしたいと思いました。 ボブのブログ12年目に入るにあたり、公開の雑文記事を読み直し取捨選択を行う ブログの終活 を考えています。

ウナギを食べたい。
23 July 2022 | 1:57 am

今年の 土用の丑の日 は、7月23日(今日)です。 この日には多くの人が、夏バテに効くと信じ、 ウナギ(養殖)の蒲焼を食べますが、私が食べたいのは 天然ウナギ で、今のところ入手困難です。 1.日本ウナギの一生 *「ウナギの不思議」より ①.卵 … 日本ウナギは、2200Km離れた、マリアナ諸島の海まで泳ぎ行き、産卵する。  ②.幼生 … 卵は翌日頃には孵化し、透明なレプトケファルス(幼生)になり、黒潮海流に乗り、  半年以上かかって日本列島にたどり着く。  ③.シラスウナギ … 幼生は、河口に近づくと変態し、15センチほどのシラスウナギとなる。  ④.ウナギ … シラスウナギの多くは、河口より上流へとさかのぼり、お気に入りの場所に  住 み着き、成魚へと成長する。  ⑤.成魚ウナギ … その時を知ると、猛烈に食べながら川を下る。胸のあたりが黄色くなる。  ⑥.航海ウナギ … 十分に体に栄養を溜め込むと、魚体は銀色となる。    次に消化器官が萎縮し、食べなくなる。深海で見えるように目は大きくなり、日本 → マリアナ  諸島の海まで泳ぎ、産卵を行い、日本ウナギの命をつなぐ。 2.ウナギの語源 落語では、「飲み込んだ鵜が、難儀するので、ウナンギ → ウナギ。」と、 駄洒落ていますが、成魚の胸あたりが黄色いことから、「胸黄(ムナギ) → ウナギ。」と言われて おり、この説が正しいように思えます。 万葉集で大伴家持が、「石麻呂(いわまろ)に われ物申す 夏痩せに良しという物ぞ ムナギ 取り めせ」と詠んでおり、奈良時代にはウナギは、ムナギ と言われていました。 3.ウナギの養殖 ウナギの場合、飼育下で卵から育てる「完全養殖」は出来ておらず、シラスウナギを捕らえ、暖かい 水温と豊富な給餌で、早い成長を促す養殖がされています。 5~6ヶ月で出荷されるそうです。 近年のウナギの価格は、まさに鰻上りの高値となっていますが、これはシラスウナギの入手困難さ からで、ウナギ好きの私は事態の好転を待つのみです。 ( 河口で、シラスウナギを根こそぎ獲ってしまう今の養殖法では、マリアナ諸島の海に卵を 産みに行ける親ウナギが激減し、次のシラスウナギが来なくなるのは、必然の結果です。 ) 4.卵の大量採取 数年前のニュ-スで、「日本の研究チ-ムが、マリアナ諸島沖で、ウナギの卵の大量採取に成功。 一度に百個を超す卵(1.6ミリ)を得られ、遺伝解析情報がより進む。」と、報じられました。 5.ウナギを食べたい 以前のTV番組で、利根川の漁師が胸の黄色い天然ウナギを獲り、このウナギの料理紹介があり、 食べたゲストたちは、養殖ウナギとは比較にならない滋味だと、絶賛していました。 私が食べたいウナギは、夏痩せに実際に良く効き、滋味が素晴らしい「天然の胸黄ウナギ」です。 そのためには、百個の卵の遺伝解析が進み、シラスウナギが不要となる「完全養殖」が完成し、 シラスウナギが捕獲されずに済み、川で天然ウナギがたくさん獲れるようになる事が、必要です。

元徴用工問題の問題
20 July 2022 | 12:25 am

           ア-カイブ記事            公開 : 2019年8月14日 1.父は元徴用工 明治45年生まれの父(永眠)は、丁稚奉公で苦労しながら時計修理技術を習得し、昭和14年に 独立し時計店を開くことが出来ました。 昭和16年に太平洋戦争が起こり、国民皆兵の義務で徴兵検査を受けますが、父は身長が低いため丙種となり、兵役には招集されませんでした。 代わりに軍需工場で働く徴用工として招集され、戦時中はある軍需工場で働かされ続けました。 敗戦が近づくと、B29の空爆に加え、艦載機グラマンが空爆に来るようになり、父が働いていた軍需工場に爆弾を落とし、さらに機銃射撃で工員たちを狙い打ちにし、父は必至に逃げ回ったそうです。 2.元徴用工に補償は無し 空襲のたびに逃げ回り、運よく命を落とさずに済みますが、苦労して持てた時計店は空爆で全焼し、 生活基盤を失ってしまい、戦時中に買わされた国債は無価値の紙切れとなってしまいました。 戦後、退役した兵には軍人恩給が出ましたが、徴用工への補償はまったく無い もので、生活基盤を失った私たち家族はどん底生活を強いられ、当時の貧しかった生活が、今でも脳裏に焼き付いて います。 3.日韓併合と徴用工の立場 日清・日ロ戦争を経て、1910年に大日本帝国は大韓帝国を併合し、朝鮮半島を領有することに なっています。 朝鮮は日本の 植民地(属国) となっており、太平洋戦争時には大日本帝国の 施策に従う立場にあり、属国民として徴用工招集に応じ働く義務があった ものです。 一方 日韓併合のあと、多くの朝鮮人が日本に移り住むようになり、これらの人達も日本で徴用工と して働きますが、日本人の徴用工と同じで、戦後に 元徴用工としての補償は無い ものでした。 4.韓国に対する戦後補償 日韓併合は、1945年の日本敗戦により消滅しますが、韓国は戦勝国ではありません。 1965年、日本と韓国は国交樹立し、日本は植民地支配への多くの賠償を行っています。 ①.日本が朝鮮半島に残したインフラ・資産・権利の放棄 ②.当時の韓国予算の2.3倍にあたる無償・有償の資金提供 (10年間も)済み 上記は、日韓基本条約で取り決められ、その中に「1945年以前に生じたものに関して、 韓国は如何なる主張もすることが出来ない。」と明記されており、日本は韓国にたいし 全ての戦後補償を行い済みなのです。 5.反日感情問題 韓国の歴代大統領の多くが、汚職などで晩節を汚していますが、韓国のトップに立とうとしている 政治家の多くは、まともな政治が行えず、反日感情を煽り国民の支持を得ようとしています。 明日(8月15日)は、日本の74回目の敗戦記念日ですが、文在寅大統領 は国際ル-ルを犯して まで、反日感情を煽るだけの愚民政策 を続け、ホワイト国に価いしないルール破り行動を正当と 言い張り、韓国内で反日行動を次々と起こさせているものです。 元徴用工問題の問題は、愚民政策で民主主義を育てない隣国の存在です。 6.帰化した朝鮮人は? 戦時中に、徴用工で働いた朝鮮人の多くは、日本に帰化し、現在も日本に住み続けています。  日本に帰化した朝鮮人は100万人とも云われ、彼らの苗字は母国の名前から 金・林・張・孫 などを使い残し、日本苗字としています。 日本に帰化した朝鮮人は、さまざまな分野で働き生き抜いて現在に至っていますが、元徴用工 だった高齢者の方々も生存するはずで、彼らは文在寅大統領が提起している「太平洋戦争中の 元徴用工への補償要求」に対して、歴史を踏まえて今はどの様に考えているのか?聞きたいものです。 私が子供の頃住んでいた西東京市には、朝鮮人部落があったのを思い出します。 今 住む小平市には、立派な朝鮮学校があり、日本全国では朝鮮学校が63校 もあるそうです。 これらの学校では、正しく日韓の歴史が教えられ、真実が離れた母国の人達に伝えられている のか?疑問です。                            


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