元徴用工問題の問題
5 August 2020 | 12:52 am

           ア-カイブ記事            公開 : 2019年8月14日 1.父は元徴用工 明治45年生まれの父(永眠)は、丁稚奉公で苦労しながら時計修理技術を習得し、昭和14年に 独立し時計店を開くことが出来ました。 昭和16年に太平洋戦争が起こり、国民皆兵の義務で徴兵検査を受けますが、父は身長が低いため丙種となり、兵役には招集されませんでした。 代わりに軍需工場で働く徴用工として招集され、戦時中はある軍需工場で働かされ続けました。 敗戦が近づくと、B29の空爆に加え、艦載機グラマンが空爆に来るようになり、父が働いていた軍需工場に爆弾を落とし、さらに機銃射撃で工員たちを狙い打ちにし、父は必至に逃げ回ったそうです。 2.元徴用工に補償は無し 空襲のたびに逃げ回り、運よく命を落とさずに済みますが、苦労して持てた時計店は空爆で全焼し、 生活基盤を失ってしまい、戦時中に買わされた国債は無価値の紙切れとなってしまいました。 戦後、退役した兵には軍人恩給が出ましたが、徴用工への補償はまったく無い もので、生活基盤を失った私たち家族はどん底生活を強いられ、当時の貧しかった生活が、今でも脳裏に焼き付いて います。 3.日韓併合と徴用工の立場 日清・日ロ戦争を経て、1910年に大日本帝国は大韓帝国を併合し、朝鮮半島を領有することに なっています。 朝鮮は日本の 植民地(属国) となっており、太平洋戦争時には大日本帝国の 施策に従う立場にあり、属国民として徴用工招集に応じ働く義務があった ものです。 一方 日韓併合のあと、多くの朝鮮人が日本に移り住むようになり、これらの人達も日本で徴用工と して働きますが、日本人の徴用工と同じで、戦後に 元徴用工としての補償は無い ものでした。 4.韓国に対する戦後補償 日韓併合は、1945年の日本敗戦により消滅しますが、韓国は戦勝国ではありません。 1965年、日本と韓国は国交樹立し、日本は植民地支配への多くの賠償を行っています。 ①.日本が朝鮮半島に残したインフラ・資産・権利の放棄 ②.当時の韓国予算の2.3倍にあたる無償・有償の資金提供 (10年間も)済み 上記は、日韓基本条約で取り決められ、その中に「1945年以前に生じたものに関して、 韓国は如何なる主張もすることが出来ない。」と明記されており、日本は韓国にたいし 全ての戦後補償を行い済みなのです。 5.反日感情問題 韓国の歴代大統領の多くが、汚職などで晩節を汚していますが、韓国のトップに立とうとしている 政治家の多くは、まともな政治が行えず、反日感情を煽り国民の支持を得ようとしています。 明日(8月15日)は、日本の74回目の敗戦記念日ですが、文在寅大統領 は国際ル-ルを犯して まで、反日感情を煽るだけの愚民政策 を続け、ホワイト国に価いしないルール破り行動を正当と 言い張り、韓国内で反日行動を次々と起こさせているものです。 元徴用工問題の問題は、愚民政策で民主主義を育てない隣国の存在です。 6.帰化した朝鮮人は? 戦時中に、徴用工で働いた朝鮮人の多くは、日本に帰化し、現在も日本に住み続けています。  日本に帰化した朝鮮人は100万人とも云われ、彼らの苗字は母国の名前から 金・林・張・孫 などを使い残し、日本苗字としています。 日本に帰化した朝鮮人は、さまざまな分野で働き生き抜いて現在に至っていますが、元徴用工 だった高齢者の方々も生存するはずで、彼らは文在寅大統領が提起している「太平洋戦争中の 元徴用工への補償要求」に対して、歴史を踏まえて今はどの様に考えているのか?聞きたいものです。 私が子供の頃住んでいた西東京市には、朝鮮人部落があったのを思い出します。 今 住む小平市には、立派な朝鮮学校があり、日本全国では朝鮮学校が63校 もあるそうです。 これらの学校では、正しく日韓の歴史が教えられ、真実が離れた母国の人達に伝えられている のか?疑問です。                            

今年のゴーヤ
3 August 2020 | 1:11 am

8月に入り、記録的な長梅雨が明けました。 久しぶりの太陽の日差しは、鬱陶しかった気分を晴らしてくれましたが、ニュ-ス報道は 新型コロナウイルス肺炎患者の増加 が連日止まらない大問題に加え、庶民の家計を圧迫する 野菜類の 価格高騰 を伝え、気持ちを暗くさせています。 野菜類の価格高騰は、長梅雨による日照不足によるもので、植物の生育には太陽の日差しが 欠かせない事を、改めて教えています。 我が家では、例年どうり5月にゴーヤの苗を植えましたが、日照不足から育ちが悪く 緑のカ-テン にほど遠く、実となる黄色い花がなかなか見られませんでした。 梅雨明けとなって、久しぶりに庭に出て、ゴーヤのネットを見ましたら上の方に実が生っているのが 分かり、脚立を使って初採りが出来ました。 採れたのは4本で、その内の1本の下部は黄色く腐りかけていました。 この収穫は家計を助けるもので、早速 ゴーヤ料理に取り掛かり、①.ピクルス ②.テンプラ  ③.カレ- と2日に分けて作り、どれも美味しく食べました。 これからの願いは、本格的な夏の日差しが我が家のゴ-ヤの成長を挽回させ、次から次へと実の 収穫ができ、家計を助けてくれることです。     〈 初採れゴ-ヤ4本 〉             〈 美味しく出来たピクルス 〉

ウナギを食べたい
18 July 2020 | 6:24 am

今年の 土用の丑の日 は、7月21日と8月2日です。 この日には多くの人が、夏バテに効くと 信じ、養殖ウナギの蒲焼を食べますが、私が食べたいウナギは、今のところ入手困難です。 1.日本ウナギの一生 *「ウナギの不思議」より ①.卵 … 日本ウナギは、2200Km離れた、マリアナ諸島の海まで泳ぎ行き、産卵する。  ②.幼生 … 卵は翌日頃には孵化し、透明なレプトケファルス(幼生)になり、黒潮海流に乗り、  半年以上かかって日本列島にたどり着く。  ③.シラスウナギ … 幼生は、河口に近づくと変態し、15センチほどのシラスウナギとなる。  ④.ウナギ … シラスウナギの多くは、河口より上流へとさかのぼり、お気に入りの場所に  住 み着き、成魚へと成長する。  ⑤.成魚ウナギ … その時を知ると、猛烈に食べながら川を下る。胸のあたりが黄色くなる。  ⑥.航海ウナギ … 十分に体に栄養を溜め込むと、魚体は銀色となる。    次に消化器官が萎縮し、食べなくなる。深海で見えるように目は大きくなり、日本 → マリアナ  諸島の海まで泳ぎ、産卵を行い、日本ウナギの命をつなぐ。 2.ウナギの語源 落語では、「飲み込んだ鵜が、難儀するので、ウナンギ → ウナギ。」と、 駄洒落ていますが、成魚の胸あたりが黄色いことから、「胸黄(ムナギ) → ウナギ。」と言われて おり、この説が正しいように思えます。 万葉集で大伴家持が、「石麻呂(いわまろ)に われ物申す 夏痩せに良しという物ぞ ムナギ 取り めせ」と詠んでおり、奈良時代にはウナギは、ムナギ と言われていました。 3.ウナギの養殖 ウナギの場合、飼育下で卵から育てる「完全養殖」は出来ておらず、シラスウナギを捕らえ、暖かい 水温と豊富な給餌で、早い成長を促す養殖がされています。 5~6ヶ月で出荷されるそうです。 近年のウナギの価格は、まさに鰻上りの高値となっていますが、これはシラスウナギの入手困難さ からで、ウナギ好きの私は事態の好転を待つのみです。 ( 河口で、シラスウナギを根こそぎ獲ってしまう今の養殖法では、マリアナ諸島の海に卵を 産みに行ける親ウナギが激減し、次のシラスウナギが来なくなるのは、必然の結果です。 ) 4.卵の大量採取 数年前のニュ-スで、「日本の研究チ-ムが、マリアナ諸島沖で、ウナギの卵の大量採取に成功。 一度に百個を超す卵(1.6ミリ)を得られ、遺伝解析情報がより進む。」と、報じられました。 5.ウナギを食べたい 以前のTV番組で、利根川の漁師が胸の黄色い天然ウナギを獲り、このウナギの料理紹介があり、食べたゲストたちは、養殖ウナギとは比較にならない滋味だと、絶賛していました。 私が食べたいウナギは、夏痩せに実際に良く効き、滋味が素晴らしい「天然の胸黄ウナギ」です。 そのためには、百個の卵の遺伝解析が進み、シラスウナギが不要となる「完全養殖」が完成し、 シラスウナギが捕獲されずに済み、川で天然ウナギがたくさん獲れるようになる事が、必要です。


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